その23
ホントにウソな話ですが、
わたしには娘がいる。ある日、娘が学校で友達の消しゴムを見て、色も可愛いしいい匂いもするということで、めっぽう気に入り「Yちゃん、わたしもこれ欲しい。これよかったら私の分も買ってきてよ」と頼んだらしい。
Yちゃんは「いいよ」と快諾してくれた。
娘はもちろん、代金を払うつもりだったし、Yちゃん自身も仲良くお揃いの消しゴムを使うことを喜んでくれていたようだった。
しかし、相手の親はそれを恐喝と受け取った。
なぜか同じ消しゴムをひと箱分買って、Yちゃんに学校に持たせて来た。不審に思った先生が事情を聞くが要領を得ない。親御さんに尋ねると、うちの娘に脅されてYちゃんが使い走りにされているという。
そんなに消しゴムが欲しいなら、たんまり買ってやるから、娘をこき使わないで欲しいという訴えだ。
わたしは仕方なく、ひと箱分の消しゴムの代金を支払い、穏便に事を済ませた。
しかし、二人の少女の友情に亀裂が入ってしまったことは間違いない。少なくともYちゃんの親はうちの娘と関わるなとYちゃんを諭しているはずだ。
わたしは呆れてモノも言えなかった。たかが消しゴムひとつを頼んだくらいで、恐喝と騒ぎ立てるとはどういう親なのだろう。
モンスターと呼ばれる親がいることは知っていたが、この事件でますますその実態を思い知らされた。
ちなみにうちの娘はいま小学3年生だが、高校に上がるくらいまで、大量にストックされたあの消しゴムを使うことになるだろう。
その22
ホントにウソな話ですが、
中学時代、うちのクラスではいじめが横行していた。
恥ずかしいことだが、わたしは加害者として関係していた。
K君という男子がいつも標的になっていたのですが、クラスの男子は面白半分に女子もいる中で彼の制服を脱がし真っ裸にして笑っていた。
当時、どうしてそんなひどいことができたのかといまでもクズだった自分を呪わずにはいられない。
定年間近だった担任の先生は学級崩壊しかけたクラスでやんわりとわたしたちをたしなめたものの効き目はない。その先生もいまでは亡くなってしまったらしい。
K君はあの日々をどんな気持ちで過ごしたのだろう。
その後、人生の中で因果が巡り、わたし自身も人に苛まれることもあり、ようやく人の痛みに共感する素地ができた。情けないほど遅すぎる学びだった。
卒業20年後の同窓会にもちろんK君が顔を出すことはなかった。会ったとしても謝罪の言葉をいまさら告げる勇気があったかどうかわからない。卒業後の行方はまったく知らない。
わたしはただ彼の幸せを願う。身勝手な言い草だが、わたしたちが曇らせてしまった笑顔を、取り戻してくれていたらと思う。償いようのない事を仕出かしてしまったことをいまでもわたしは悔いている。
だから、アレとは逆のことを、できるだけ他人の孤独を和らげ、安らぎを差し出せるように努力しているつもりだ。
後ろめたさに耐えきれなくなるとわたしはいじめのリーダー格だったMに手紙を出した。
「わたしたちは生きている価値がない。死ぬべきだ。クラスメートにあんな仕打ちをしたのは一生拭い切れない罪だ」と。
何度出しても返事はなかった。
最後の手紙から数年後、Mは40歳に届かぬ前に、白血病で亡くなった。
その21
ホントにウソな話だが、
就職活動をしていた20代のはじめの頃、わたしは朝バイトをしてから専門学校の授業へ出て、夜には企業から出された課題に取り組むという生活を送っていた。
デザイン系の仕事を探してわたしは夜な夜なパソコンとにらめっこしていたが、ある時どうしても睡魔に耐えきれなくなった。
これでは効率が上がらない。30分だけ寝よう、とわたしは思った。
ソファに横になり眼を閉じるとあっという間に眠りに落ちた。
すっかり眠り込んでしまったという感覚があった。やばい、と眼を覚ますが、頭はすっきりとしており、身体も軽い。これは30分だけのつもりが数時間眠りこけてしまったに違いない。
目覚ましをかけておくべきだったと悔やむがもう遅い。
すぐにバイトの時間になるだろう。課題を取り組む時間はない。単位に余裕のある授業を休むしかないか、と思った時、時計が眼に入った。
PM11時43分
なんとソファに横になってから2分しか経過していなかった。
だけど‥‥まるで何時間も寝たかのように身も心もリフレッシュしている。
まさか、ぐるっと24時間眠りこけてしまったわけではあるまい。日付を確かめるが、間違いなく同じ日付だ。
わたしは狐につままれたような気になった。
そして睡眠時間とその質について、まだまだ解き明かされぬ謎があることをその夜知ったのだった。
その20
ホントにウソな話ですが、
わたしの趣味は尾行だ。
街でふとすれ違った、なんの面識をない人間の後をつける。
あいては尾行される心当たりなどないのだから、警戒心はない。大抵、目的地にたどり着くまではその後をつけることができた。
とりたてて興味深い真実や衝撃的な人の裏側をかいま見たことはない。ただ、見も知らぬ他人の日常に少しだけ触れること。それだけで十分だったし、むしろそれ以上の何かを見ることをわたしは恐れた。
ただ、一度だけ尾行している当の相手がくるりと振り向き、わたしの方へずかずかと柄づいてきて、
「火、貸していただけませんか?」
と言った。
わたしが「タバコ吸わないんで、すいません」と言うと、相手はきょとんとした表情になった。
「そうですか」
相手は去り、わたしは意表をつかれて、その日の尾行はもう続けられなかった。
家に帰り、服を着替えようとすると、わたしのシャツのポケットから見たこともないマッチ箱が転がり出た。
本当にわたしはその頃、タバコなど吸っておらず、だからマッチなど必要とするはずもなかった。それなのに‥‥。
わたしはその日以来、尾行という文字通り悪趣味な趣味をやめた。
その19
ホントにウソな話ですが、
わたしは十代の頃、ある暴走族に属していた。
ネイキッドモデル全盛期の当時にあって、わたしはなぜか車高の高いモトクロスを乗っていた。
ある夜、いつものように暴走行為に勤しんでいたのだが、その日は運が悪かった。警察に待ち伏せされて散々追いかけまわされた。
わたしはモトクロスの機動性を活かし、舗装されていないあぜ道などに逃げ込み、事なきを得た。
散り散りになったメンバーに合流するため、わたしはあらかじめ決められた再合流地点へと急いだ。わたしはそこで大所帯であったチームへ帰還し、無事所定のルートを巡って帰路についた。
しかし、翌日、メンバーと話していると、昨夜は散り散りになった後、流れ解散ということになり、再集合はしていないという。
では、わたしのが合流した集団は誰だったのだろうか?
わたしは別のチームへ知らず知らずのうちに紛れ込んでしまったのかもしれない。確かに多数のメンバーを抱える上に、特攻服など所属を示す服も纏っていなかった当時の我々だったから、別の似たチームに紛れ込んでも気付かないことはあり得る。
あり得るというのは、ないわけではない、ということであり、あくまで可能性は低い。
だが、現実はわたしは大勢の誰かといっしょにその後もよく見知ったルールと巡って帰ってきたのだ。
あの夜はなんだったのだろう?