ホントにウソな話

100個の嘘を書きためていきます。

その35

ホントにウソな話ですが、

 

 

インドでのこと。

 

わたしは12年に1度だけ行われるマハ―クンバメーラーという祭を見物した。

 

そこでも面白い事件があったのですが、その前にカルカッタという街のある寺院に行った。

 

そこにあるシヴァという神様の祠で手を合わせていると、ポトリと何かが落ちてきた。見るとそれは小さなお菓子で、お供えに使うプラサードと呼ばれるお菓子だった。

 

お菓子が落ちてきた上方には何もなかった。誰かがそれを投げてよこしたとも思えない。

 

一瞬にしてどこからともなく現れたそのお菓子をわたしはいくつピースに割って同行者たちと分けて食べた。

 


ささやかだが神秘的な体験だった。

その34

ホントにウソな話ですが、

 

わたしは子供の頃、家の裏の田んぼでロブスターほどの大きさのザリガニを見た。

 

二人の友人と見たのだが、ひとりは転校してしまい、もうひとりは中学に上がる頃にはその話を憶えていないと言い出した。

 

いまでは裏の田圃は潰されて家が建っているが、友人が泥の中から掴み上げたあの巨大なザリガニが両腕を振り上げたシルエットは忘れられない。

 

 

その33

ホントにウソな話ですが、

 

 

これはわたし自身の話ではない。

 

わたしの知り合いのSさんから聞いた話だ。Sさんはギャンブラーで公営の合法ギャンブルであれ、違法なギャンブルであれ、賭け事の名のつくものには独自の理論と嗅覚で取り組む人だった。

 

Sさん自身の破天荒な人生もさることながら、Sさんの師匠の話がまたふるっている。

 

Sさんの師匠は競馬の予想師のようなことをしていたらしいが、それ以前には高校の教師をしていたらしい。ある時、修学旅行で地方に引率で行ったという。

 

自由時間になると師匠は、迷いなく競馬場へ飛び込んだ。懐には生徒から預かった修学旅行費が百万円以上ある。

 

魔が差したと言えばそうなる。

 

これを読んでいるみなさんの予想通り、師匠はなんとそのお金を競馬につぎ込んでしまったのだ。しかも、大穴一点買いで、だ。

 

普通なら、ここで大敗を喫し、彼の人生は転落するはずだ。百歩譲って使い込むまではいいとする。しかし、それで負けて、費用が消えてしまえば責任問題どころか立派な犯罪行為と見なされるだろう。

 

ただ、その師匠が普通でないのは、勝ってしまったことだ。

 

運ではない。それだけの大勝負に挑めるだけの確信が彼の内側にあった。

 

その後、無事、修学旅行を終えた師匠は、学校に帰るとその場で辞職願を提出したという。行きがけにはなかった数千万の金がずっしりと師匠の懐に眠っている。

 

師匠は教員を辞職した後、競馬の塾を開き、別の教師となった。


ギャンブラーでなくとも人間は大きな勝負に打って出ざるを得ない時がある。わたしは、そんな時に決まってこの話を思い出す。

その32

ホントにウソな話ですが、

 

 

わたしは指名手配犯とお茶を飲んだことがある。

 

地元の有名なチェーン珈琲店に呼び出されたわたしは、小さな新聞の切り抜きを見せられた。

 

大麻栽培、道内史上ワースト1』

 

などという文字が紙面には躍っていた。

 

彼は北海道の山奥で大麻を大量し、警察に追われているらしい。凶悪犯でもないのに指名手配になったのは、そのヴォリュームのためだ。少量ならまだしも、末端価格が億を超えるほどだったため自分で使用ではなく売買目的と見なされた。

 

彼は日本中を逃げ回り、各地に隠れ住む怪しい仲間のところを点々としていた。

 

ある時、ある山小屋の仕事にありついたのだが、そこでの初勤務の夜、その山小屋が何故か炎上し、勤務地も住処も追われた彼は、そのまま巨大なリュックを背負ったまま暗い森に消えていったという。

 

その31

ホントにウソな話ですが、

 

 

わたしは中国に一年ほど住んでいたことがある。

 

その時、ルームメイトだったのが韓国人のキム・テフンという男だった。

彼は韓国人社会では少しはみ出し者で、なんとなく敬遠されていた。逆に日本人のわたしとわたしの友人たちとは仲良かった。

 

彼はメタルが好きで、よく部屋で絶叫するように歌っていた。

おりしも隣室では、韓国人が日曜ミサを行っていた。キムのメタルと隣室の讃美歌が壁一枚を隔ててせめぎ合っていた。

 

つにたまりかねたのか、隣室の韓国人たちがドンドンと部屋を叩き、クレームをつけてきた。どうやらわたしもキムと同類だと思われたようだ。

 

「ちょっとは控えたほうがいいんじゃないか」とわたしは言った。

 

「かもしれない」キムも納得してくれたようだ。

 

狭い留学生社会で余分な敵を作ることはない。わたしはキムがこれでおとなしくなると思いホッとした。

 

次の日、部屋で休んでいると、外からキムが帰ってきた。

 

なにやら大きな荷物を運びこんできているようだ。わたしが出迎えるとキムが大きな箱を抱えている。

 

「それ何?」

 

「アンプだ」とキム。

 

「おまえ・・・静かにするんじゃ」

 

絶句するわたしにキムは皮肉な笑いを浮かべた。

 

それからわたしたちの部屋は悪魔の住む部屋と忌み嫌われ、隣の韓国人たちはあっという間に引っ越していった。

その30

ホントにウソな話ですが、

 

 

わたしの実家は、ある車種のクラシックカーの販売や修理をやっている。

若い頃から先進的だった父の趣味で、うちの実家はロッジ風で昭和の当時としては珍しい住居だった。

 

家の隣には洋風のガレージがあり、地域でもかなり目立つ家だったろう。

 

そこへある日、ふたりの男がやって来た。

同じ建物で母がカフェをやっていたのでそこへ、編集者に連れられて来たのは、ある漫画家だった。

 

なんとそれはDrスランプ連載前の鳥山明だった。

 

うちのちょっと珍しい建物を取材しに来たらしい。鳥山明は、カフェでコーヒーを飲み、いろいろとこの建物について母親に質問した。

 

彼を新進の漫画家と知った母は、鳥山明に母屋を見せてやり、仕事中だった父にも紹介した。

 

その後、連載が始まったDrスランプは人気を博し、鳥山明はみるみるうちに人気漫画家へと成り上がった。

 

以来、鳥山明がうちへ訪れることはなかったが、始まったDrスランプにある面白いものを発見した。

 

なんと、アラレちゃんの生みの親であるノリマキ博士はうちの父にそっくりで、ノリマキの妻であるミドリさんは若き日の母親そっくりだった。

 

そしてペンギン村のアラレちゃんたちが住む家は、どこかうちの実家に似ている。

 

思い込みかもしれないが、きっと鳥山明は、うちの家と家族をモデルに漫画を描いたのだろう。

 

齢を取った母親は、ミドリさんにあまり似ていなくなってしまったが、父親はますますノリマキ博士にそっくりになってきた。

 

 

その29

ホントにウソな話だが、

 

 

わたしはインドに3回行ったことがある。

 

サイババで有名な街プッタパルティで衝撃的な体験をしたことがある。

インドにはまだ物乞いが多い。子供だったり大人だったり、女性であることもあるし障害者であることもある。

 

帰国を控えたある日、わたしは残りのルピーを使い切ろうと物乞いの女性に紙幣を握らせた。しかし、彼女は、指先を口に運ぶ仕草をするだけで金を受け取ろうとしない。

 

何か食べたいのだろうか。

 

おかしい、お金があれば、食事を賄えるはずだ。それなのになぜ、金銭を受け取らないのだろう。わたしは仕方なく、女性を連れて屋台に行った。屋台の主は、わたしから金を受け取ると、なんだかわからない揚げ物をくれた。

 

それを物乞いの女性に渡せという。周囲の人もゼスチャーでそう促してくる。

 

わたしは受け取った食べ物を物乞いの女性にわたした。女性は礼も言わず、ガツガツとそれをむさぼりはじめた。

 

瞬間はわたしは悟った。

 

この女性はたとえお金を持っていたとしても、食事を直接買うことができないのだ。わたしという第三者の手を介してしか金と物をやりとりできないのだ。

 

わたしはこれがインドに根強く残るカーストかと思い知った。

 

インドではブラーフマナ、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラと4つの階級があり、その下に不可触民(アウトカースト)が存在する。

 

彼らと接触すれば穢れを身に受けることになると言われる。

 

この資本主義の世界にあっても、アウトカーストの金を受け取ることは一般の人にはできないのだ。

 

わたしは衝撃を受けた。とてつもない世界を突きつけられた気分だった。低いカーストに生まれた者はどうやって生きていけばいいのだ。部外者には見えない厳然たるレイヤーがインドの人々を隔てている。

 

わたしは驚きとともに、インドという国の闇の深さを見た気がした。